フリーキャッシュ・フローと資本コストで読み解く企業価値評価

はじめに:「利益が出ているのに企業価値が上がらない」理由とは?

企業の決算で「純利益が前年比+15%」と聞けば、成長していると思う方も多いでしょう。
しかし現実には、利益が増えているにもかかわらず、株価が伸びない企業はたくさん存在します。

なぜでしょうか?

答えは簡単です。
利益がキャッシュを生み出していない、もしくは資本コストを超えていないからです。

この記事では、企業の「本当の価値」を評価するために欠かせない概念、**フリーキャッシュ・フロー(FCF)資本コスト(WACC)**について、利益分析との関係を軸に詳しく解説していきます。


フリーキャッシュ・フロー(FCF)とは何か?

フリーキャッシュ・フローとは、企業が事業活動から得た現金のうち、利息や元本返済、株主への配当などに自由に使える残りのキャッシュのことです。

◉ FCFの基本式

FCF = 営業キャッシュ・フロー − 設備投資(キャピタルエクスペンディチャー)

もっと詳しくは以下のように表現されます:

FCF = 税引後営業利益(NOPAT) − 投下資本増加額(CapEx − 減価償却 + 運転資本の増加)

ここでのポイントは、「利益」とは違い、**実際に残った“使えるお金”**であること。


◉ 純利益との違い

比較項目 純利益 FCF
会計基準 発生主義 現金主義
一時的要因の影響 受けやすい 受けにくい
設備投資の反映 影響されない 直接控除される
価値評価への関係 間接的(EPS等) 直接的(企業価値算定の基礎)

FCFは、企業価値や株主還元余力の源泉となる最重要指標です。


資本コスト(WACC)とは何か?

企業は、株主資本と借入(=他人資本)の両方を使って事業を運営しています。
それぞれの資金調達に対して、当然ながら「期待リターン」や「利息コスト」が求められます。

それを平均化したものが**WACC(Weighted Average Cost of Capital=加重平均資本コスト)**です。

◉ WACCの式(税引後)

WACC =(E/V)× rE +(D/V)× rD ×(1−T)

  • E:株主資本、D:負債、V:E+D

  • rE:株主資本コスト、rD:負債コスト、T:法人税率


◉ WACCの意味

WACCは、企業が資本を調達する際に必要とされる最低限のリターンであり、
FCFの「割引率」として企業価値評価に使用されます。

FCFがWACCを上回っていなければ、企業は価値を生み出していないということになります。


FCFとWACCで企業価値をどう評価するか?

◉ DCF法の基本フレーム

企業価値評価で最も代表的なのがDCF法(Discounted Cash Flow法)です。

企業価値(EV)= 各年のFCF ÷(1+WACC)^t の合計

これにより、「将来にわたってどれだけキャッシュを生むか」「それをどれだけの利回りで現在価値に換算するか」という、非常に経済的な考え方で企業の本質的価値を評価できます。


◉ 実際の評価ロジック例

年度 FCF(億円) 割引係数(WACC=8%) 現在価値(億円)
1年目 20 0.926 18.52
2年目 22 0.857 18.85
3年目 24 0.794 19.06

→ すべてを合計すると、将来のFCFを基にした**企業全体の理論価値(EV)**が求まる


FCFがプラスでも評価されないケースとは?

「うちの会社は黒字でFCFも出てるのに、なぜ株価が上がらないのか?」

このような疑問が生じる背景には、FCFの量と質、そして資本コストとの関係があります。

① FCFの水準が低すぎる

たとえば、営業キャッシュ・フローはあるが、設備投資がかさみ、残るFCFがわずかであれば、将来的な成長余地が限定的と判断される。


② 成長投資が過少(=“将来価値”を生まない)

FCFが多く出ていても、それを成長に再投資せず、単に貯め込んでいるだけなら、企業価値向上には結びつきません。
投資家は「このキャッシュをどう使うのか?」に注目しています。


③ 資本コストを上回っていない

FCFが5億円、WACCが6%とすると、資本コストを回収できておらず、株主にとって価値を生まないビジネスと判断されます。

→ このような企業は、いくらFCFがプラスでも市場で評価されません。


利益分析との統合 ─ ROIC vs WACC

利益と企業価値を直接つなげる考え方として、「ROIC(投下資本利益率)」と「WACC」の比較があります。

◉ ROICとは

ROIC=NOPAT ÷ 投下資本

  • NOPAT:営業利益 ×(1 − 税率)

  • 投下資本:有利子負債+自己資本(運転資本を調整する場合もあり)


◉ ROIC − WACC の差が「価値創造」

  • ROIC > WACC → 資本コストを上回る利益 → 企業価値増加

  • ROIC < WACC → 効率の悪い資本運用 → 価値毀損

このギャップを見ることで、企業が本当に価値を生んでいるかを見抜くことができます。


実務・試験・投資での活用例

◉ 実務(財務・経営企画)

  • FCF分析により、配当余力や成長投資余地を見極める

  • WACCを下げる戦略(資本構成見直しなど)で企業価値を高める

  • M&A案件でDCF評価に活用


◉ 証券アナリスト試験(1次・2次)

  • FCFベースの企業価値評価問題(DCF)

  • ROIC vs WACCに基づく価値創造の判断

  • 資本コスト(WACC)計算問題も頻出


◉ 投資判断

  • 利益水準だけでなく、FCFが安定的かどうかを見る

  • WACCを大きく上回るFCFが継続している企業に注目

  • 過度な配当や自社株買いがFCFを削っていないかチェック


まとめ:利益はあくまで「入り口」、評価の主役はFCFとWACC

企業の「本当の実力」を測るには、損益計算書の利益では不十分です。

  • どれだけキャッシュを生み出し

  • どれだけの資本コストに見合ったリターンを出しているか

この視点を持つことで、企業価値を冷静に評価できるようになります。


利益・FCF・WACCの関係整理

項目 内容
利益 会計上の損益(発生主義ベース)
FCF 実際に残る現金(現金主義ベース)
WACC 調達資本全体に対する要求リターン
評価基準 FCFがWACCを上回っているか?
意味 上回っていれば価値創造、下回れば価値毀損


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