【完全版】MM理論で学ぶ最適資本構成とWACCの計算トレーニング

なぜWACCと資本構成が重要なのか?

企業がどのように資金を調達するか――つまり「自己資本(株式)」と「他人資本(借入)」の割合をどう決めるかは、企業の価値や財務戦略に大きな影響を与えます。
その資本構成と企業価値の関係を理論的に整理したのが「MM理論(モディリアーニ=ミラー理論)」です。

そして、資本構成が変わると「WACC(加重平均資本コスト)」も変化します。WACCは企業の投資判断や企業価値評価に欠かせない指標です。

この記事では、MM理論を使ってWACCの仕組みと、最適な資本構成をどのように見つけるかを、わかりやすく解説していきます。


MM理論の2つの命題(復習)

MM理論には大きく2つの柱があります。

1. MM命題Ⅰ(資本構成の無関連性)

「税金も破綻リスクもない完全な市場では、企業の価値は資本構成(負債と自己資本の割合)に関係なく、将来キャッシュフローの現在価値だけで決まる」とする考え方です。

つまり、借金しても自己資本だけでも、企業の価値は変わらない、というのが命題Ⅰです。

2. MM命題Ⅱ(負債比率が上がると株主資本コストも上がる)

負債を使うと企業のリスクが高まり、それが株主に転嫁されるため、株主はより高いリターン(=株主資本コスト)を要求するようになります。

ただし、この理論ではWACC(加重平均資本コスト)は一定のまま、というのがポイントです。


WACCとは何か?なぜ重要か?

WACCとは「Weighted Average Cost of Capital」の略で、企業が使っているすべての資金の平均調達コストを意味します。

WACCの計算式(税引後)は、以下のようになります。

(自己資本 ÷ 総資本)× 株主資本コスト +(負債 ÷ 総資本)× 借入金利 ×(1-法人税率)

このWACCは、企業が将来得られるキャッシュフローを割り引く際の割引率として使われるため、WACCが下がれば企業価値は高くなります。

つまり、WACCを下げることは、企業価値を高めるために非常に重要です。


ケースで学ぶWACCの動き方

次に、資本構成を変えながら、WACCがどう変化するかを実際に見てみましょう。

【共通条件】

  • 法人税率:30%

  • 負債の金利:年4%

  • 無借金時の資本コスト(r0):年8%


ケース1:負債ゼロ(完全自己資本)

この場合、株主資本コストは8%。負債がないため、WACCも8%になります。


ケース2:負債比率50%(D/Eが1)

借入と自己資本の割合が半々になると、株主資本コストは12%に上昇します。
これは、「r0+(負債比率)×(r0-借入金利)」で計算します。

WACCは、
0.5 × 12% + 0.5 × 4% ×(1-0.3)= 6.3%

つまり、WACCは下がって6.3%になります。これは、税シールド効果が働いた結果です。


ケース3:負債比率80%(D/Eが4)

このとき、株主資本コストは24%になります。
WACCは、
0.2 × 24% + 0.8 × 4% ×(1-0.3)= 4.8%

つまり、WACCはさらに下がります。

タックスシールドの効果でWACCが低下し、企業価値は高まる可能性があります。


ただし、現実ではリスクがある

MM理論は「完全市場」を前提にしていますが、現実には以下のような要素が存在します。

現実の要素 内容
破綻リスク 借金が多すぎると倒産のリスクが高まる
財務制限 銀行や投資家から借入制限を受ける場合がある
エージェンシー問題 経営者が株主の利益と異なる行動を取る可能性
情報の非対称性 株式発行が「経営が資金に困っている」というシグナルになることも

これらを考慮すると、負債を使いすぎるとWACCが再び上昇し、企業価値が下がるリスクもあるため、**最適な借入水準(最適資本構成)**を探す必要があります。


WACCとD/E比率の関係

WACCとD/E比率の関係を整理すると、次のようになります。

負債比率(D/E) 株主資本コスト WACC
0.0(負債ゼロ) 8% 8.0%
0.5 10% 6.7%
1.0 12% 6.3%
2.0 16% 5.6%
4.0 24% 4.8%
8.0 40% 5.7%(逆に上昇!)⚠

→ 税効果だけを見れば、借入を増やせばWACCは下がりますが、破綻コストや制約を加味すると、ある地点から逆にWACCが上がるという転換点が生じます。

ここが「最適資本構成」です。


証券アナリスト試験ではこう問われる!

試験では、MM理論とWACCの関係を理解しているかが問われます。

選択問題例(1次試験)

Q:借入比率が高まると企業価値が常に上がると考えるのは、どの条件が満たされるときか?

A. 法人税が存在しない
B. 破綻コストが存在しない
C. 株主資本コストが変化しない
D. 情報の非対称性が存在する

→ 正解:B

MM命題Ⅰ・Ⅱに関する計算問題(税抜き・税あり)


問題1:MM命題Ⅰ(税抜き)

ある企業Aは、全額自己資本で運営されており、企業価値(V_U)は1,000百万円です。この企業が500百万円の負債を追加で導入し、資本構成を変更した場合、税金が存在しないとすると、MM命題Ⅰに基づいた新しい企業価値(V_L)はいくらになるか。

解答

MM命題Ⅰ(税抜き)では:

企業価値は負債の有無に関係なく一定である

したがって、

  • 新しい企業価値 VL = VU = 1,000百万円

答え:1,000百万円


問題2:MM命題Ⅰ(税あり)

上記の企業Aにおいて、法人税率が30%であるとします。500百万円の負債を導入した場合、MM命題Ⅰ(税あり)による企業価値 V_L を求めなさい。

🧮 解答

税効果ありのMM命題Ⅰでは、

VL = V_U + T_C × D

  • VU = 1,000百万円

  • TC = 30% = 0.3

  • D = 500百万円

計算:

VL = 1,000 + 0.3 × 500 = 1,150百万円

答え:1,150百万円


問題3:MM命題Ⅱ(税抜き)

企業Bは、全額自己資本のときの資本コスト(r₀)が9%、負債比率(D/E)が1:1(負債50%、自己資本50%)の構成に変更しました。負債コスト(r_D)は4%とします。

MM命題Ⅱに従って、株主資本コスト(r_E)を求めなさい(税なし)。

解答

MM命題Ⅱ(税抜き)の式:

r_E = r₀ + (D/E) × (r₀ − r_D)

ここで、

  • r₀ = 9%

  • D/E = 1

  • rD = 4%

計算:

rE = 9% + 1 × (9% − 4%) = 9% + 5% = 14%

答え:14%


 問題4:MM命題Ⅱ(税あり)

上記の条件に法人税率30%を加味したとき、MM命題Ⅱ(税効果あり)に基づく株主資本コスト(r_E)を求めなさい。

🧮 解答

税ありのMM命題Ⅱの修正版:

r_E = r₀ + (D/E) × (r₀ − r_D) × (1 − T_C)

ここで、

  • r₀ = 9%

  • D/E = 1

  • rD = 4%

  • TC = 0.3

計算:

rE = 9% + 1 × (9% − 4%) × (1 − 0.3)
= 9% + 5% × 0.7 = 9% + 3.5% = 12.5%

答え:12.5%


WACCの計算(税あり)

上記のケースにおいて、加重平均資本コスト(WACC)も求めてみましょう。

  • 負債比率:50%

  • 自己資本比率:50%

  • rE = 12.5%、rD = 4%、TC = 30%

WACCの式:

WACC = E/V × rE + D/V × rD × (1 − TC)

計算:

= 0.5 × 12.5% + 0.5 × 4% × 0.7 = 6.25% + 1.4% = 7.65%

答え:7.65%


まとめ表

項目 税なし 税あり
MM命題Ⅰ:企業価値 変化なし(VL = VU) 上昇(VL = VU + TC × D)
MM命題Ⅱ:r_E r₀ + (D/E)(r₀ − rD) r₀ + (D/E)(r₀ − rD)(1 − TC)

おわりに:MM理論を“使える武器”にする

MM理論は、「借入すれば企業価値は必ず上がる」という単純な理論ではありません。
借入のメリット(税シールド)とデメリット(破綻リスク)を天秤にかけ、最もWACCが下がるポイントを見つけることが、財務戦略の要となります。

この考え方を理解しておくと、試験対策だけでなく、IR資料の読み解きや企業分析にも大いに役立ちます


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